【書名】宗教と日本人 葬式仏教からスピリチュアル文化まで【著者】岡本亮輔【発行】中央公論社(中公新書)【評価】C【書評】著者は「まえがき」で,過半の日本人には信仰がない一方で,冠婚葬祭や寺社参拝など人々が宗教と触れる機会は多いとしたうえで,「本書の目的は,こうした宗教と日本人との複雑な関係を解きほぐすことにある。その戦略を一言で言えば,信仰と組織を中心とする宗教論からの脱却だ。宗教を心や内面の問題に限定せず,信仰・実践・所属の三要素に分解し,教団や教会としてまとまらない,個人を中心とする現象に注目するのである」と述べています。日本の宗教論に新たな視点を提示するという意味では本書は意欲的な著作なのかもしれませんが,残念ながら本書の全体的な印象は「どうも要領を得ない」というものです。「まえがき」を読む限りですが,著者の考え方のベースには“日本は特殊・特別です”論があるようで,日本における宗教と人間の関係は特殊・特別で,その関係は従来の宗教論では解きほぐせるものでなく,それゆえ自分は宗教を信仰・実践・所属の三要素に分解して考察するという手法を編み出した,ということでしょうか。しかし,宗教と人間の関係が複雑なのは日本に特有の特徴とは考えにくく,伝統的宗教が残る国々においては,程度の差はあるとしても,その傾向があるはずです。また各国の習俗には宗教儀式の色合いを帯びた冠婚葬祭が必ず含まれるでしょうから,人々が宗教と触れる機会も日本だけが卓越して多いわけではない,ともいえるはずです。そうだとすると,“日本は特殊だから宗教を信仰・実践・所属の三要素に分解して考察する必要がある”というロジックが成り立たないように思います。
書評:渡来氏族の謎
【書名】渡来氏族の謎【著者】加藤謙吉【発行】祥伝社(祥伝社新書)【評価】A【書評】本書の評価について初めにお断りしておくと,評者は歴史学研究者でも歴史愛好家でもありませんので,本書に記された内容が学問的に妥当か否かを判断することはできないのですが,それでも本書を高く評価するのは,著者が一般にはよく知られていない渡来人・帰化人を一定のまとまりのある氏族単位で扱い,いくつかの代表的な氏族の成り立ち・構成や居住地・職業などを廉価で入手しやすい新書にまとめているからです。さらに,著者が注意深く論を進めていることは各所の記述から読み取ることができ,それも本書を好意的に評価する理由のひとつとなっています。(中略)本書には,ヤマト王権が成立・拡大する時代に朝鮮半島から大勢の人々が日本に渡来した(させられた)というだけではなく,多くの渡来人がヤマト王権の内外で相応の地位・役職を得て活動し,ヤマト王権期の日本社会を担う重要な役割を果たしていたことが記されています。朝鮮半島からの渡来人に高い技術力があったことはよく知られていますが,彼らには技能のみならず優れた政治力・統率力もあったことがわかります。また,本書では人名・氏族名だけでなく多くの歴史用語に丹念にルビが付されており,読者に対する気遣いを感じます。漢字の読み方が気になって文脈から注意が逸らされることが減り,大変に助かります。ただし,本書には以下に述べるように,少し不満を感じるところがあります。【Tags】渡来氏族,渡来人,帰化人,朝鮮半島,ヤマト(倭)王権,朝廷,東漢氏,西漢氏,漢氏,秦氏,西史氏,フミヒト,難波吉士氏,百済,高句麗,高麗,氏(ウヂ),姓(カバネ)
書評:神道とは何か 神と仏の日本史
【書名】神道とは何か 神と仏の日本史【著者】伊藤 聡【発行】中央公論新社(中公新書)【評価】C【書評】直近で比較的新しい神道入門書2冊についてレビューしましたので,本書は少し前の発刊ですが,同様の書としてレビューすることにしました。神道の入門書には良書が少ないのですが,本書も残念な書の一冊です。その理由は少々複雑です。著者の基本的な考え方は,神道は古代より脈々と続く日本の民俗宗教と理解されることが多く,日本文化や日本人の精神性にまで深く溶け込んだものといわれることもあるが,私たちが目にする神道は古代の神信仰・神祇信仰とは大きく異なり,中世に仏教を初めとする大陸思想の影響を強く受けて思想らしきものを身につけることで,ようやく神道という宗教が生まれたというものです。そして本書では特に,神道(神祇信仰)に対する仏教の影響を詳しく述べています。この部分は初学者にも大いに参考になるところです。しかし,いくつかの点で本書には不満を感じます。第一に,本書には「神道とは何か」という題目が付され,神道とはどのような宗教なのかを解説した初学書のような体裁を取っていますが,実際は,本書には神道がどのような宗教であるのか,その内容を直裁かつ具体的に説明する記述が乏しく,代わりに,著者の関心はもっぱら神道という“観念”ないし“思想”がいつ,どのように成立したのかという神道思想の形成史に置かれています。著者の専門が日本思想史ですので,思想史に比重が置かれるのは無理からぬことかもしれませんが,その結果,本書は神道を紐解く入門書というよりも,『神道形成史概論』の書となっています。第二に,では神道形成史の入門書としての評価はどうかといえば,それも芳しくありません。著者は,中世に神仏習合などの影響で神信仰・神祇信仰に思想らしきものが芽生え,ようやく神道という宗教の体裁を整え始めたとする説──ここでは便宜上「中世成立説」と呼ぶことにします──に立ち,神道思想の形成と変遷を論じていますが,この中世成立説はなかなかのくせ者で,初学者には要注意の代物です。【Tags】神道,神道の成立,神道形成史,神道思想史,神信仰,神祇信仰,神仏習合,本地垂迹説,中世神道,近世神道,両部神道,伊勢神道,吉田神道,神観念,人神信仰,御霊信仰
書評:神道入門 民族伝承学から日本文化を読む
【書名】神道入門 民族伝承学から日本文化を読む【著者】新谷尚紀【発行】筑摩書房(ちくま新書)【評価】C【評者】Vincent A.【書評】残念ながら本書も神道の入門書としては落第です。「本書も」というのは,直近にレビューした「神道入門 日本人にとって神とは何か」(平凡社新書:井上順孝著)と同様に,という意です。本書は古神道の時代から国家神道の時代までの神道の歴史を網羅的に扱っており,「神道の歴史」というタイトルであれば評価は違っていたでしょう。神道入門書として評価が低い理由は,井上順孝著「神道入門」と同様で,神・神々に関する記述がきわめて乏しいことです。神は神道の中心であり,神の存在なくして神道は成り立たないのですから,その神を抜きに神道の本質を語るのはそもそも無理なのです。本書は歴史上の事実を時系列的に並べた歴史書なのです。しかし歴史を事細かに記しただけでは,神道において神とはどのような存在であるのか,私たちは神をどうとらえるべきか,神・神々と人々はどのような関係であり続けてきたのかなどを理解することは難しいでしょう。井上順孝著「神道入門」のレビューでも記しましたが,例えばキリスト教の入門書に神,キリスト,創造主などが具体的に説明されていないとすれば,その書を読んでもキリスト教の本質がわかるはずがありません。本書を読んで,井上順孝著「神道入門」と同様の不満を感じます。【Tags】神道,新谷尚紀,古代神道,神身離脱,神宮寺,律令祭祀,御霊信仰,本地垂迹説,伊勢神道,卜部兼倶,唯一神道,儒家神道,吉田神道,平田篤胤,復古神道,国家神道,神社神道,神社本庁
書評:神道入門 日本人にとって神とは何か
【書名】神道入門 日本人にとって神とは何か【著者】井上順孝【発行】平凡社(平凡社新書)【評価】C【評者】Vincent A.【書評】厳しいようですが,本書は神道の入門書としては落第です。最大の理由は,神道の神・神々に関する記述があまりに貧弱なことです。本書には「日本人にとって神とは何か」という興味をそそられる副題が付されていますが,それは題目だけで,この点について本書中に明快に論じた記述はありません。宗教の入門書を著すとき,その宗教で崇められているなにがしかの神聖(神性)な存在そのものについて何も説明しないということは,普通は考えられません。例えば,キリスト教の入門書に神,キリスト,創造主などが具体的に説明されていないとすれば,その書を読んでいったいキリスト教のなにがわかるのでしょうか。(中略)本書は神道を宗教文化史的に論じた概説書で,本来は「神道の歴史──神社神道の拡大と文化習俗への浸透」などとすべき書です。神道の宗教文化史的側面に焦点をおき論ずることに意味がないのではありません。実際,宗教文化史の書としてみれば本書には興味深い事柄がいくつも述べられており,新書として一定の評価ができそうなのです。しかし,それにしても本書では神の存在があまりに希薄なのです。