書評:神社が語る古代12氏族の正体

【書名】神社が語る古代12氏族の正体【著者】関 裕二【発行】祥伝社(祥伝社新書)【評価】C【書評】本書の評価は高くなく,レビューすべきか迷いましたが,著者がこれまで多くの書を著している歴史家・歴史作家であること,直近で私(評者)が古代の渡来氏族に関する新書のレビューをしたことから,古代氏族を扱う本書をレビューすることにしました。本書では,出雲国造家(いずもこくそうけ),物部氏,蘇我氏,三輪氏,尾張氏,倭(やまと)氏,中臣(なかとみ)氏,藤原氏,天皇家,大伴氏,阿倍氏,秦氏の12氏族が扱われており,各氏族の歴史を,彼らのいわゆる氏神(うじがみ)に相当する神社・祭神に言及しつつ説明しています。ただ,本書は全体として,氏族の歴史が主で,神社の歴史・祭神の由緒が従という関係で記述が進められています。各氏族にまつわる史実や謎については多彩な事柄が述べられているのですが,その一方で神社・祭神の扱いは軽く,あたかも氏族の歴史を語るときの切り口のような観を呈しています。本書タイトルには「神社が語る」とありますが,実際は神社が何を語っているのか,とてもわかりにくいのです。そうなってしまった理由は,大きくふたつ考えられます。【Tags】関裕二,古代氏族,神道,神社,氏神,出雲国造家,物部氏,蘇我氏,三輪氏,尾張氏,倭氏,中臣氏,藤原氏,天皇家,大伴氏,阿倍氏,秦氏,出雲大社,石上神宮,磐船神社,宗我坐宗我都比古神社,大神神社,熱田神宮,大和神社,枚岡神社,春日大社,伊勢神宮,伴林氏神社,降幡神社,敢国神社,伏見稲荷大社

書評:渡来氏族の謎

【書名】渡来氏族の謎【著者】加藤謙吉【発行】祥伝社(祥伝社新書)【評価】A【書評】本書の評価について初めにお断りしておくと,評者は歴史学研究者でも歴史愛好家でもありませんので,本書に記された内容が学問的に妥当か否かを判断することはできないのですが,それでも本書を高く評価するのは,著者が一般にはよく知られていない渡来人・帰化人を一定のまとまりのある氏族単位で扱い,いくつかの代表的な氏族の成り立ち・構成や居住地・職業などを廉価で入手しやすい新書にまとめているからです。さらに,著者が注意深く論を進めていることは各所の記述から読み取ることができ,それも本書を好意的に評価する理由のひとつとなっています。(中略)本書には,ヤマト王権が成立・拡大する時代に朝鮮半島から大勢の人々が日本に渡来した(させられた)というだけではなく,多くの渡来人がヤマト王権の内外で相応の地位・役職を得て活動し,ヤマト王権期の日本社会を担う重要な役割を果たしていたことが記されています。朝鮮半島からの渡来人に高い技術力があったことはよく知られていますが,彼らには技能のみならず優れた政治力・統率力もあったことがわかります。また,本書では人名・氏族名だけでなく多くの歴史用語に丹念にルビが付されており,読者に対する気遣いを感じます。漢字の読み方が気になって文脈から注意が逸らされることが減り,大変に助かります。ただし,本書には以下に述べるように,少し不満を感じるところがあります。【Tags】渡来氏族,渡来人,帰化人,朝鮮半島,ヤマト(倭)王権,朝廷,東漢氏,西漢氏,漢氏,秦氏,西史氏,フミヒト,難波吉士氏,百済,高句麗,高麗,氏(ウヂ),姓(カバネ)

書評:神道とは何か 神と仏の日本史

【書名】神道とは何か 神と仏の日本史【著者】伊藤 聡【発行】中央公論新社(中公新書)【評価】C【書評】直近で比較的新しい神道入門書2冊についてレビューしましたので,本書は少し前の発刊ですが,同様の書としてレビューすることにしました。神道の入門書には良書が少ないのですが,本書も残念な書の一冊です。その理由は少々複雑です。著者の基本的な考え方は,神道は古代より脈々と続く日本の民俗宗教と理解されることが多く,日本文化や日本人の精神性にまで深く溶け込んだものといわれることもあるが,私たちが目にする神道は古代の神信仰・神祇信仰とは大きく異なり,中世に仏教を初めとする大陸思想の影響を強く受けて思想らしきものを身につけることで,ようやく神道という宗教が生まれたというものです。そして本書では特に,神道(神祇信仰)に対する仏教の影響を詳しく述べています。この部分は初学者にも大いに参考になるところです。しかし,いくつかの点で本書には不満を感じます。第一に,本書には「神道とは何か」という題目が付され,神道とはどのような宗教なのかを解説した初学書のような体裁を取っていますが,実際は,本書には神道がどのような宗教であるのか,その内容を直裁かつ具体的に説明する記述が乏しく,代わりに,著者の関心はもっぱら神道という“観念”ないし“思想”がいつ,どのように成立したのかという神道思想の形成史に置かれています。著者の専門が日本思想史ですので,思想史に比重が置かれるのは無理からぬことかもしれませんが,その結果,本書は神道を紐解く入門書というよりも,『神道形成史概論』の書となっています。第二に,では神道形成史の入門書としての評価はどうかといえば,それも芳しくありません。著者は,中世に神仏習合などの影響で神信仰・神祇信仰に思想らしきものが芽生え,ようやく神道という宗教の体裁を整え始めたとする説──ここでは便宜上「中世成立説」と呼ぶことにします──に立ち,神道思想の形成と変遷を論じていますが,この中世成立説はなかなかのくせ者で,初学者には要注意の代物です。【Tags】神道,神道の成立,神道形成史,神道思想史,神信仰,神祇信仰,神仏習合,本地垂迹説,中世神道,近世神道,両部神道,伊勢神道,吉田神道,神観念,人神信仰,御霊信仰

書評:歴史をつかむ技法

【書名】歴史をつかむ技法【著者】山本 博文【発行】新潮社(新潮新書)【評価】B【書評】本書は少々風変わりな書です。本書はざっと読むのに適した書だからです。本書の初版は平成25年で,発刊後間もない頃に私は本書を一度通読し,そのときは,それなりに参考になりました。それは,古代から近代までの日本史をざっとおさらいするには適度なまとまりがあったからです。この「適度なまとまりがある」という印象は正しかったと思います。今でも,一般の方々がざっと読むには良い書だと思います。しかし,今回,レビューをするために丁寧に読み直したところ,著者の考え方や,ひいては日本の歴史学研究にいくつか疑問があることに気づきました。著者は,学校教育で学ぶ歴史は知識偏重となっており,学んだ知識を生かす「歴史的思考力」の育成が不十分なため,人々は中学・高校で歴史を学んだにもかかわらず「歴史を学んだ実感や手ごたえが無い」と感じている,そこで本書はそれを補う意味で,歴史を学ぶときの基本的な見方・考え方,すなわち「歴史を学び,探求する上で必要な,理性的で,論理に沿った,基礎的な思考の方法」を提示したいと本書の著作意図を述べています(「はじめに」の項より)。しかしながら,本書の前提となる学校教育に関する著者の理解は,メディア報道を鵜呑みにした教育論にありがちな素朴な誤解です。歴史に限らず,中学・高校で学んだ教科に関して,社会に出て10年も20年も経った後に“学んだ実感や手ごたえ”を感じている方がどれ程いるでしょう。そもそも,小・中・高の学校教育は,卒業後もずっと“学んだ実感や手ごたえ”を感じ続けてもらうことを意図していないのです。【Tags】山本博文,歴史をつかむ技法,歴史的思考力,日本史,歴史の法則,時代区分,血筋,武家政権,鎌倉幕府,室町幕府,織豊政権,江戸幕府,明治維新,司馬史観

書評:神仏習合

【書名】神仏習合【著者】義江 彰夫【発行】岩波書店(岩波新書)【評価】A【書評】本書は時代と共に様相が進化する神仏習合とよばれる過程を,できる限り,その時代の社会構造ないし政治的・社会的状況との関係において論じようとしており,神仏習合の歴史にひとつの視点を提供する書となっています。特に,神が仏教に帰依したいと託宣を下し,それに呼応して地方豪族の手によって神社境内もしくはその近隣に神宮寺が建立される“神身離脱と神宮寺建立”という一連のシナリオが日本各地に広まる,いわゆる神仏習合の初期過程については,当時の政治的・社会的要因との関連で非常に分かりやすく説明されており,本書は良書といえるでしょう。(中途略)筆者はどうやら,神仏習合をもっぱら形式的な混交とみているようなのです。すなわち,神社で仏僧が読経をすればそれは神仏習合である,というように。確かにそれも神仏習合のひとつの側面とは思いますが,神仏習合はもう少し複雑なはずです。例えば,筆者も本書で最初に扱っている神宮寺ですが,その建立に貢献した仏僧を筆者は遊行僧とよんでいますが,この遊行僧とは修行僧,それも基本的には山岳修行僧のことです。山岳修行僧とは,奥深い山もしくは険しい山岳に入り仏道(特に呪術)の修行に励んだ仏僧のことですが,彼らがなぜ修行地として山を選んだかといえば,それは山が神祇信仰ないし山岳信仰の対象たる神々が住まわれる聖なる場所であり,そこで修行をすることで,彼らは神々の霊力を獲得しようとしたからに他なりません。すなわち,山岳修行僧自身が神仏習合を体現するモデルでもあったわけです。【Tags】義江彰夫,神仏習合,神宮寺,多度大神,巫女,託宣,神道,神祇信仰,基層信仰,仏教,雑密,大乗密教,普遍宗教,王権,怨霊信仰,ケガレ忌避,穢れ,浄土信仰,本地垂迹説,反本地垂迹説,中世日本紀

書評:応仁の乱

【書名】応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱【著者】呉座勇一【発行】中央公論新社(中公新書)【評価】B【書評】歴史学研究者は,わずか一冊の歴史書を書き上げるために,長い時間をかけて膨大な史料と格闘し,ひとつひとつの史実を洗い出し,それらを整理・検討したうえで稿を起こしておられると思います。そのような歴史学研究者の方々の真摯な,そして尊い努力を承知しつつ,あえて申し上げるのですが,本書を読み終えて,歴史学研究者には歴史をトレースすることはできても,歴史を評価することはできないのだと改めて痛感しました。本書は新書でありながら300頁のボリュームがあり,いくつもの戦乱が11年にわたり引き続いた非常に分かりにくい大乱である応仁の乱を丁寧に解説した歴史書となっています。それが900円という価格で手に入るのですから,日本の新書文化は本当に素晴らしいと思います。歴史を知るという意味であれば,本書は良書の範疇に入るといって差し支えないと思います。しかしながら,歴史とは,そこから何かを学び取るために学ぶものと私は常日頃考えています。では,本書に描かれた応仁の乱の歴史から,いったい私たちは何を学び取ることができるのかということを考えたとき,本書の記述内容にはいささか不満が残ります。著者は応仁の乱を評価していないのです。それを評価する材料も本書にはなさそうなのです。【Tags】呉座勇一,応仁の乱,室町幕府,興福寺,経覚,尋尊,経覚私要鈔,大乗院寺社雑事記,足利義教,足利義政,足利義尚,足利義視,南北朝,後南北朝,大和,衆徒,国民,土一揆,畠山政長,畠山義就,細川勝元,山名宗全

error: Content is protected !!