【書名】神道入門 日本人にとって神とは何か
【著者】井上順孝
【発行】平凡社(平凡社新書)
【目次】序章 神道の二つの顔─「見える神道」「見えない神道」;[第一部]「見える神道」の今と昔:第一章 神道を伝える〈回路〉─神社と教団を中心とする神道 1.神社という空間 2.神社を支えてきた制度 3.近代における神道教団の形成 4.海を渡った神々;第二章 神道を伝えた〈人々〉 1.神社を中心とした組織を支えて人々 2.知識層の流れ 3.教団神道を支える人々;第三章 神道に込められた〈情報〉1.神をめぐる観念 2.神々への祭祀 3.神道の教え;[第二部]「見えない神道」の広がり:第四章「見えない神道」と伝統的な伝達回路 1.「見えない神道」はどう伝わるのか 2.伝統的な伝達回路─家庭と地域共同体;第五章 近現代に登場した回路 1.企業と学校 2.知人・友人のネットワーク 3.マスメディアが発信する情報 4.文化のなかの神道
【Tags】神道入門,井上順孝,神道,神社,神社神道,教団,見える神道,見えない神道,伝達回路,文化,文化史
【評価】C
【評者】Vincent A.
【書評】厳しいようですが,本書は神道の入門書としては落第です。最大の理由は,神道の神・神々に関する記述があまりに貧弱なことです。本書には「日本人にとって神とは何か」という興味をそそられる副題が付されていますが,それは題目だけで,この点について本書中に明快に論じた記述はありません。宗教の入門書を著すとき,その宗教で崇められているなにがしかの神聖(神性)な存在そのものについて何も説明しないということは,普通は考えられません。例えば,キリスト教の入門書に神,キリスト,創造主などが具体的に説明されていないとすれば,その書を読んでいったいキリスト教のなにがわかるのでしょうか。
本書は二部構成で,第一部が「『見える神道』の今と昔」,第二部が「『見えない神道』の広がり」となっています。ここで「見える神道」とは要するに神社神道のことであり,「見えない神道」というのは,人々の習俗や社会の伝統に溶け込んで広まった神道的要素のことで,長い歴史をもつ宗教には大なり小なりみられる文化との融合をいうにすぎません。著者は「見える神道」「見えない神道」「伝達回路」「ネットワーク」などの“社会科学風の言葉”を用いてなにか斬新な分析視点を提示したいのかもしれませんが,目論見(もくろみ)が成功しているようには思えません。
本書は目次からもわかるように,神道を宗教文化史的に論じた概説書で,本来は「神道の歴史──神社神道の拡大と文化習俗への浸透」などとすべき書です。神道の宗教文化史的側面に焦点をおき論ずることに意味がないのではありません。実際,宗教文化史の書としてみれば本書には興味深い事柄がいくつも述べられており,新書として一定の評価ができそうなのです。
しかし,それにしても本書では神の存在があまりに希薄なのです。神道には宗教という枠では捉えにくい一面があり,例えば仏教との習合によって神の観念が希薄化した時代や,神道は日本人の精神的支柱であり宗教ではないとされた時代もあります。しかし,古神道の頃より,神道の神々は人智を超えた存在として,人々が畏怖・畏敬をもって崇める信仰の対象であり続けてきていることは確かです。その神・神々が中心におかれた神道の入門書を著すにあたり,神についての記述なしに神道が語れるはずがありません。神とはどのような存在であるのか,私たちは神をどうとらえるべきか,そしてこれが最も大事な点ですが,日本において神・神々と人々はどのような関係であり続けてきたのか,を平易かつ簡潔に説明することが必要なはずです。本書ではこの視点が決定的に欠落しています。
本書を手にする読者には神道のことをよく知らない方もいるはずです。著者は國學院大學神道文化学部の教授(執筆時)で,國學院大學は学部卒業生の半数が神職に進むなど,日本の神社界に大きな影響力をもつ神職養成大学です。そのような大学で教える高度の専門性をもつ方が著した“神道入門書”で神の存在が希薄なわけですから,本書は入門書を読もうとする読者に誤った神道観──神道の中心は神でなく神社神道にあり,神よりも神社の歴史の方が重要という誤解──を与えかねないように思います。
一般書店で入手できる神道関連の書籍は数が少なく,良書も多くありません。これは仏教関連の書籍が書店の広いスペースに多数並べられているのとは対照的です。神道専門家の方々にもう少し奮起していただけるとよいのですが。
*初稿2020/03/09