【書名】仏教の常識がわかる小事典
【著者】松濤 弘道(まつなみ こうどう)
【発行】PHP研究所(PHP新書)
【目次】
【Tags】松濤弘道,仏教,常識,宗派
【評価】<<評価不能>>
【評者】Vincent A.
【書評】評価欄に「評価不能」と記したのは,最低評価レベルに達していないという意です。そのような書をなぜここで論ずるのかというと,著者がハーバード大学大学院卒,マスターオブアーツ,浄土宗住職,上野学園大学教授,世界仏教大学理事,全日本仏教会国際委員長という立派な経歴の持ち主だからです。それほどの経歴を持ちながら仏教についてこの程度の内容の本を世に出すのかという驚きがあります。本書の水準は小事典というよりも観光案内書のレベルです。本書に『仏教の常識』は書かれていないし,それが分かるような内容ではありません。
全般に記述が浅いのひと言につきます。本書は有名な観光寺を訪れようとする『観光客』には好適な書かもしれません。すなわち,寺や本尊に少し興味があっても,それ以上に仏教について特に何かを知りたいわけではないという人々にはぴったりの書であると思いますが,「仏教の常識=仏教について一般的に知られている事柄」を本当に知りたいのであれば,他に良書を探すべきでしょう。
本書第一章は仏教の歴史の概略説明,第二章は仏教諸宗派の説明となっています(他章は論外)。第一章の歴史に関して,仏教の日本での宗教的・政治社会的地位の確立に大きな影響を与えた神仏習合の過程(神身離脱の託宣とそれに続く神宮寺の建立,本地垂迹説の喧伝)についてひと言も触れていません。僧侶たちは天照大神を祀る伊勢神宮にも神宮寺を建立し,神は仏の化身にすぎないとして神道に対する仏教の優位性を広く喧伝したのですが,実際のところ,それは本当だったのでしょうか。神の託宣や仏の化身は真実だったのか否か,現在,仏教界はそれをどのように考えているか等々,知りたい『常識』は多々あるのですが,本書では何も触れていません。
第二章の仏教諸宗派の説明はまさに観光案内書的です。京都や鎌倉など,諸宗派の寺が建ち並ぶ観光地を散策するときには各宗派を“紹介”している本書は役に立つかもしれません。表面的な記述に終始するという本書の特徴が最も端的に表れているのが,各宗派の本尊に関する部分です。
仏教各宗派を理解する上で大事なことは,各宗派の人々が,自身の宗派で定められている本尊をどのような方(ないしは存在)として考えているのかを知ることです。この本尊に対する考え方はその宗派の根本的教えと表裏一体のものですので,宗派における本尊の捉え方を理解せずにその宗派を理解することはなかなか難しいのです。しかし,著者は各宗派の本尊について基本的にその仏名を記すのみで,本尊が表す世界観・宗教観はおろか,その由来すらまともに記していません。他宗派の本尊について記述が乏しいだけでなく,著者自身が属する浄土宗本尊の阿弥陀如来についてすら「慈悲」と「智恵」のふた言を示唆するのみで,それ以上は何も述べていません。各宗派の名称と本尊の仏名を知るだけであればWikipediaで十分でしょう。
本書から探し出せる“真理”がひとつ。多分に逆説的ですが,『仏教僧侶の方々は大事なことはきちんと説明しない』ということです。これはおそらく“仏教の常識”です。
*初稿2016/09/17,更新2018/06/01
*本稿はdiscoverjaponism.comに掲載されていた同名記事に一部修正を加えたものです。