【書名】仏教,本当の教え:インド,中国,日本の理解と誤解
【著者】植木 雅俊
【発行】中央公論新社(中公新書)
【目次】序章 日本における文化的誤解;第1章 インド仏教の基本思想;第2章 中国での漢訳と仏教受容;第3章 漢訳仏典を通しての日本の仏教受容;第4章 日中印の比較文化
【Tags】植木雅俊,仏教,インド仏教,原始仏教,仏教受容,仏典,誤解,サンスクリット語,漢語,漢訳
【評価】B
【評者】Vincent A.
【書評】本書は良書の部類に属する書なのだと思います。ただ,惜しむらくは構成がうまくなく,『本当の教え』というタイトルの割には本文中で仏教の『本当の教え』がさほど深く論じられていません。確かにサンスクリット語による原始仏典と漢語訳仏典の齟齬や,漢訳仏典をとおしての日本での仏教理解の誤りなどについて記述されていますが,それらはどちらかといえば散発的・断片的な説明に終わり,悪くいえば「あら捜し」のような印象すら受けてしまいます。
新書本を手にする一般読者にとって大事な点は,ではサンスクリット語仏典に展開されている『本当の仏教』とはいったいどのようなもので,私たちは仏教やその教えを本当はどのように理解すべきなのか,もっと平易にいえば,諸仏像の前で私たちはいったい誰に何を祈るべきなのかなど,原初仏教における『基本的な教え』そのものについての明確な説明が得られることです。その点が本書では十分でないように思います。著者には是非とも改訂を望みたいところです。
それはともかく,本書を読んで改めて感じることは,日本のいにしえの仏教僧侶たちが犯した罪の大きさです。彼らが漢語仏典を大和言葉に翻訳する努力を積み重ねていれば,今ころ,仏教が葬式仏教と揶揄されることはなかったように思います。ただ,この問題は書評の域を超えるので別の機会に譲ります。
本書は,いつまでたっても教義の本当の意味を追求しようとせず漢語訳仏典を不可侵の絶対的教えとあがめる日本仏教の滑稽さを浮き彫りにしてくれるという意味で,一読の価値があるといえます。
*初稿2016/09/17,更新2018/06/01
*本稿はdiscoverjaponism.comに掲載されていた同名記事に一部修正を加えたものです。